2009年7月15日 (水)

群馬にも行ったんだ

そうそう、7/10(金)には群馬の伊勢崎にある「Andy's House」というドッグ・カフェできぃこ☆クッキーのワンマンライブにゲスト参加して6曲程歌ってきました。

なななんと全編2時間半のヴォリューム満点なライブだったんだけど、会場も、お客さんも、スタッフも最高に良い空気のとても素敵なライブだった。自分のライブでもありえない位好意的に聴いてくれた皆さん、本当にどうもありがとうございました。 でも、この場にいた人達、皆お得気分で帰ったはず!!

リハーサルのため4時集合、きぃこちゃんには「私はもう3時位にはいますから~」と言われ、ぴったり4時に着いたらきぃこちゃんはいなかった。その時僕は、このライブの成功を確信したね、うっはっはっは。

なんだかんだたくさんのお客さんの前で歌うのは気持ちがいいもんだ。
きぃこちゃんは最後のほうで感極まって泣いてました。そこがクライマックスだったかな??

FUTTONGが企画している「THREE-SOME」の時にしか販売していないCD「DEMO-DEMON」(ヴォーカルできぃこちゃんも参加している)を持って行ったんだけど、とりあえず在庫分20枚だけ持て行って売れればいいなと思っていたら、完売!!!

僕は自主的に旅行も何もしないぐぅたらな男なので(フランスに二年もいたのに、ろくに旅行もしなかった)、こうやって用事があってあちこちに行けるのはありがたいこってす。

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2009年5月26日 (火)

つゆ焼きそばの是非

週末は仕事で青森の十和田に行って来た。遠い。
八戸駅まで新幹線で行って、そこから迎いに来ていただいた。
八戸駅は、比較的新しいので、まるで海外の駅のようだった。
そのままホテルへチェックイン、その後食事。
思いのほか盛り上がって、終わったのは夜中の1時過ぎ。
せっかくホテルに温泉があるのに、入れずにバタンキュー。

そのほかのこと、仕事に関し200905241223000 ては徒に心身激しく疲労しただけだから思い出したくない。ただ、十和田の人、というか、東北の人たちは皆とても良い方達だった。東北が好きになっちゃう。

せっかく来たのだから、何か「ならでは」的な食事をしたい、と聞いてみると、それならば「つゆ焼きそば」がお薦めだと言う。
つゆ焼きそばとは、焼きそばをラーメンのスープにぶち込んだもの。
誰が一体そんなことを思いついたのだろう。

実際食べたつゆ焼きそばは、ラーメンのスープ、というよりおそばの汁に焼きそばをぶち込んだものだった。

決して食べれなくはないが、多分もう一生食べることはないだろう。

それと、どこにでもあったのが、「カツカレーラーメン」「カツカレーうどん(またはそば)」
どうしてもカツを乗っけたいのだろうか?

来月は盛岡へ。

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2009年3月21日 (土)

英語まみれの食あたり

先週の金曜日から火曜日まで九州に行っていた。今回は英国人の作家と同行が主要な目的で、それはどういう事かと言うと、英語を、英語を話さなければならないのだ。皆さんがどうかわからないが、僕の英語は中学の頃から何の上達もしていない。だから人から英語は話せますか?と、問われても「話せます」というレベルではない。よく、日本の義務教育で学ぶ英語というのは、シェイクスピアの作品をベースにされている(本当かよ?ただ、そう聞いたことがあるのです)ので、コミュニケーションを取るのには適していないと言われている。らしい。
が、まぁ確かにその通り。ただ、そんなことは言っていられないのである。何しろ五日間英語しか話せない人間と大半の時間を共にするわけで、ダンマリを決め込むわけにいかない。それに、僕は元来お喋りで(小学生時代に「口から生まれた金太郎」と菅沼先生から言われたことを今も僕は忘れていない)例え英語であったとしてもそこに人がいるなら話さないと却ってストレスになる。

人間というのは、やらなければ仕方ない時はやるものである。それこそ中学までの英語力を駆使して全てを賄う。でも、僕らだって普段それ程高尚な言葉を使っているわけではないし、簡単な言葉を使って何でも表現するという頭に切り替えれば何とかなる。聞き取りに関しては、わからない言葉はどんどんスルーしてわかる言葉だけで何喋っているのかを予想すればいい。よく、ヒアリングのテストやなんかで、我々が陥りがちなのは、一個わからない単語が出てい来るとそこで引っ掛かってもう頭真っ白になってしまうことであるが、もうわからないものはわからないのだからどんどんスルーですよスルー。
そんな具合でなんとか切り抜けてきたけど。でも、最初空港でその英国人を待っている時はブルゥだったな。あぁこれから英語を話さなきゃいけない話さなきゃいけない‥‥。

さて、久し振りに食あたりを起こした。原因は、恐らく、熊本で食べた馬刺し。明け方に目が覚めて地獄の始まり。上から下から止まらない。吐きたいのに胃に何もないという状態は本当につらい。仕方ないから水を飲んではその水を吐くという行為を繰り返す。

次の日は立ちっ放しの仕事だったのだが、もうフラッフラ。夜は接待で、これはもう辞退しようと思ったのだがそういう訳には行かず、結局2件目ではワインを2本空け、もうこの頃には何がなんだかわからなくなっていた。この週末はゆっくり過ごそうと思っていたが、明日は朝からレコーディングだ。

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2008年11月26日 (水)

九州から下北へ。世界は一つ

というわけで、11/21のシェルターの昼ライブ(オーディション)に足を運んでいただいた方、どうもありがとうございました!!!

今回は、常々ベース3森君不在の時に助けてくれる、Sweep/addの加藤さんにサポートいただいての出演。かなり調子もよく。 で、やっぱりちゃんとしたライブハウスは音作りから何からプロフェッショナル。演奏しやすい。
おかげさまでオーディションにも受かり、次回からは夜の部、しかも、フライング気味ですが、1/12にライブできそう。いきなり祝日だ。わ~い。一月のライブスケジュールすごいで。下北モナレコ、下北シェルター、下北ガレージ。これまるでメジャーのバンドみたいじゃございませんか~。
シェルターに話を戻すが、ブッキングの方と話をすると、僕が思うライブハウスのあるべき姿を実現しようとされているのがとてもよく伝わり、共感できたなぁ。

ただこのペースはきついので、2月は休みたい。

先週は金曜まで九州。今回のトピック。

某九州のとある街でいつも一緒に飲む取引先のボス、ミスターKとまず食事。その後、いわゆるクラブ?的な店へ。どうしてかって言うと、ここのママに昼間ばったり会ったから。その後、ミスターKの奥さんと合流、スナックへ。僕は奥さんと会うのは初めて。ミスターKのこと僕、大好きなんだけど、なかなかのストレンジ・ガイなので、どんな方なのか楽しみにしていたのだが、奥さんも負けず劣らずだ。

衝撃的だったのは、奥さんが飲みすぎてべろんべろんになって店の中を徘徊している時、夜中の1時過ぎかな?84歳のおじいちゃんが入ってきた。どうも常連さんらしく、カウンターに座ってママと話していたのだが、しばらくしてべろんべろんのミスターKの奥さんが隣に座り、そのおじいちゃんの頭を撫でだした、と思いきや、ディープ・キッスを始めたのだ。

ディープですからね?軽いんじゃないんだから。しかも一回や二回じゃないんだから。僕ね、84歳のジジイのディープキス、初めて見た。
で、ミスターKは涼しい顔で酒飲んでるの。

結局夜中の3時近くまで飲んでいて、三人で帰ったのだが、奥さん、別れ際に歩いて30秒で僕のホテルあるのに、タクシー代を払うって聞かないし、その間、社長は50メートル位離れたところから、慌ててる僕をニヤニヤしながら見てるし、奥さん納得して帰るんだけど、道に停めてあるチャリにガッシャンガッシャンぶつかりながら帰っていった。

世の中って。

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2008年10月12日 (日)

九州から帰ってきたの

いつものように、三泊四日九州の旅から帰ってきた。
九州はとっても景気が悪く、その風に当たるので意気消沈しながら帰ってくることが多い。

出張中はテレビ観ないので、気が付けば、緒方拳さんは亡くなって、巨人は優勝している。


そうだ、思い出した!熊本に降り立った瞬間から、クシャミが止まらなくなったんだった。風邪をひいてしまったのか?でも体調は悪くない。
よくよく考えてみたら原因はどうも花粉症らしい。金木犀だ。
その日はずっとクシャミと鼻水がとまらなかった。あれ本当に、ツゥ~って水みたいに鼻水流れるのね?

その日の夜、お酒飲んでいてもクシャミと鼻水止まらないでいたら、その店のママが、花粉症用のクスリをくれた。強いからすぐキクわよ~なんていわれたが、確かに30分位でピタッと止まった。
薬ってすごいなぁと思いながら、ママの娘が大学生になり、東京で1人暮らしを始めたそうで、その話を聞きながら、ウィスキーをロックで飲んでいたら、ボトルを空けてしまい、更にその薬のせいで気絶寸前の睡魔が僕を襲った。


福岡ですごくおいしい鉄板屋に行った。幸音(こうね)といいます。福岡在住の方は是非!その店の向かいにあるAIDAという店も最高です。


今日の1曲 Primal Scream 「Give Out But Don't Give Up」

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2007年7月20日 (金)

さらば熊本さらば九州

雨降りそうで降らない。ジメッてる。熊本はジメッてる。取引先に紹介してもらった肉屋で馬刺しを購入。実家と親戚に送る。ここの馬刺し、驚くほどおいしいらしいので、(両親談)ご希望の方いらっしゃたら送ってあげますよ。え?おごりじゃないよ。

相変わらず熊本の女性はキレイだなぁとか思いながら歩く熊本。昨日もおっちゃん達とそんな話になった。それにはいくつか理由があるそうだが、酔っ払っていたので忘れてしまった。なんだっけ、加藤清正が、熊本来た時、どこからか、たくさんのきれいな女性を呼び寄せてなんだかんだ。あとは水がきれいだからとかも言っていたかな。

そして熊本は西日本一の風俗のメッカ。それはそれは‥らしい。有名芸能人も多数来るとか来ないとか。

人ごみ外れた道端で、警察にカラみ、怒鳴り散らす威勢のいいホームレスのおっちゃん。しばらくして、商店街でそのおっちゃんの歩く姿が。背を丸め、うつむいてトボトボ歩いている。

帰りの飛行機。萩原流行を発見。テレビに出てくるまんまのウエスタンな格好だった。目立つ割には群集にまぎれるのがうまいな。さすが役者。

家に帰って早速wiiでドラクエやったら肩をいためた。ゲームを断念。僕みたいなアホウが日本にたくさんいるらしいよ。

聴いた音楽。

Van Morrison「Moondance」僕はAstaral Weeksの方が好きなんだけど、表題曲がかっこいい。

The Rolling Stones「More Hot Rocks」ベストの第二弾みたいな感じかなこれ。けっこうマニアックな選曲。しかし、初期のストーンズは演奏から録音から粗い。というより演奏下手だなぁ。

Ocean Colour Scene「Moseley Shoals」OCSブレイクのきっかけになったアルバム。まさにモッズ、ポール・ウエラーの弟分。なにしろギターかっこいい。

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2007年7月19日 (木)

福岡~熊本

朝ホテルをチェックアウト。あちこちまわる。福岡三越でソフトバンクの和田投手ファミリーを発見。和田投手はどこにでもいそうな兄ちゃんの佇まいでまぁ気取った感じゼロ。普通の休日の若いパパ。奥さん確かもとグラビアの人だったと思うけど、やはりきちっとした若い奥様風。しかし、顔面はそこらへんにはいないレベルだ。綺麗綺麗。

バスに乗って熊本へ。寝る。

熊本到着。タイ古式マッサージ行くかどうか迷うがやめる。

取引先の方と食事。そこにいた長髪60歳越えのおじじが、ガンズのTシャツを着ているので声をかけると「そんなに若いのにガンズ知っているの!!??」。むしろ僕が「そんなにジジイなのにガンズのTシャツ!!??」と言った方が自然だと思うんだけど。で、音楽詳しい風なので話するとそうでもなかった。間違った知識はひとつひとつ丁寧に訂正してやった。ブライアン・ジョーンズとブライアン・フェリーを間違えるな!!

その後スナック。最近こういう店退屈ですぐ寝ちゃう。ただ、この店にいる女の子が、僕の大学時代の後輩と激似で、しかも年齢も下の名前も一緒だから「‥‥まさか‥‥」という錯覚を何度もおこしかける。酔っ払っているから余計だ。彼女とは一度遊園地に行ったなぁ、とか思い出しながら。

聴いた音楽

The Beatles「Magical Mystery Tour」久々に聴いてビートルズってやっぱ変なバンドだなぁと思った。

Paul McCartney「McCartney」いつ聴いてもものすごい手作り感丸出しで笑っちゃうが、グッとくる。彼の音楽的運動神経のみで作ったような。2曲大好きな曲が入っている。

Death in Vegas「Milk It」ベスト盤。この人達のジャンルって何って言ったらいいのかわかんないけど、出はクラブ・ミュージック?だけどサンプリングしている音が生バンドみたい。印象はサイケ+ロック+ノイズ+ヒップホップ+ちょいテクノ。ポール・ウェらーとかオアシスのリアムがヴォーカルとして参加している曲があるがかっこいい。

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2007年4月27日 (金)

いざ長野へ

仕事を午前中に切り上げ、社員旅行みたいのものをしに、長野へ出発。東京から新幹線。

移動の醍醐味は音楽を聴きながらただただ眠ることである。Outcastのファーストを聴きながらひたすら眠る。お茶もおやつもいりません。

長野駅へ。ここからレンタカーを借りて、ホテルへ。渋温泉ってとこに行く。いいとこだ。ミニサイズの地域だが例えば熱海なんかより散歩しがいがありそうだ。

旅行の醍醐味、これはチェックインしてから夕食までの1~2時間だと思っている。フロント前にある剣玉とかお手玉やったり、木琴叩いたり、オルガン弾いたり。その後部屋で茶を飲んで、散歩に出かける。同部屋の3人と下駄をはいて川沿いをカッタカタ歩く。公園に無人のジャングルジムを回している老人がいてこわかった。

よさげな小道があったので入ってみる。ストリップ小屋の一つや二つあるかもしれん。言っとくけど行きませんからね??ここで足湯を発見。みんなで入る。気持ちよい。幸せだ。

ものすごく怪しげな卓球場を発見。台もひとつしかない。

6時から夕食。宴会場の間で皆で食事。飯食って酒飲んでね。で、カラオケして。声がガラガラになった。

大浴場へ。ここはかけ流しの温泉を引いていたりはしていない。が、大きい風呂とか露天は気持ちよい。

その後女性社員の部屋に遊びに行ったりして、みんなで例の卓球場へ。狂ったように卓球。

戻ってトランプ。大貧民。3時間位やったな。その後もう一回風呂へ。森脇君がコンタクトを風呂に落としました。絶対に見つかりませんよ。

布団に入りながら怪談。後輩を脅かしてやった。

おやすみなさい。

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2007年4月 5日 (木)

カラスとトンビに襲われて

今日は休み。たまには何かしようかと。ただダラダラじゃやだと。そういうわけで江ノ島へ。この散歩コースは過去12年の間に何度も行っている定番散歩コース。

朝、休みの日にしては珍しく午前中に起きて出かける。小田急の新宿駅前でお弁当を買う。で、小田急線に乗ってまず江ノ島へ。海岸でお昼にしようって言って弁当を開けた瞬間。

「バタバタバタ」

カラスとトンビの大群が空から降りてきて僕の弁当(正確に言うと僕の弁当と思って間違えて開けた奥さんの弁当)に直襲。思わず「ギャァ」って叫んだ僕らの頭上にはカラスとトンビ、次々と僕に遅いかかる。こいつらがキックしておっこちた弁当のおかずはあきらめ、あわてて弁当の蓋を閉めその場を立ち去る。まわりの人達はヒェーッて感じでみてる。超こわかった。おかずの1/4が‥‥。

その場を立ち去り、安全に食べられる場所を探し、食べる。安全とは言え油断はならない。常に上空を見上げながら。ちょっとでも視界に入ったらサッと蓋を閉める作戦。

無事食べ終わり海岸線を歩き続け、岩場へ。階段が死ぬほど多い。でもね、12年前と比べてつらい度はそんなに変わらないと自分に言い聞かせてひた歩く。いいなぁ、ここ。僕は海とか海水浴とか興味ないけど、ここら歩くの気持ちいい。

「鎌倉高校前」で江ノ電に乗り鎌倉へ。目抜き通りを抜けつつ散策。天気もちょうどいい。ちなみに僕はよくお祭りにある「あんず飴」が大好き。お祭り嫌いなくせに。でもいつもあるとこにないから100歩譲ってイチゴ飴食った。

帰りの電車。山のように取引先から電話。「明日はや~す~み~ま~す~」って昨日言ったろう??しかも対して緊急でもないのに。携帯って~さいあく~。

新宿駅で今ハマッているカレー屋さんでカレーをテイクアウト。三越の地下にあるやつね。

西武新宿線へと続くサブナード。いつ歩いても様子のおかしい人々が多い。なんでだ。この不思議な空気感。ちょっと北九州の黒崎を思い出す。

お酒がきれたので芋焼酎を買う。お湯割りで飲んだ。梅干と一緒に。

お酒飲んじゃったからプールは行かない。けど10キロ位は歩いたからいいか。あ、M-12006のDVDがもうレンタル屋に。買わなきゃ!!!!

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2007年3月29日 (木)

九州出張四~汚い部屋さようなら

四日目。福岡の天神にあるホテルに泊まって三日目。僕は、とにかく部屋の整理ができない。チェックインして数分後。まるでその部屋に数週間いたかのような趣に部屋は変わります。

朝。今日は帰りの飛行機の時間もあるし、キチキチッと動かなければならない。なのに‥。朝一で電話。昨日一緒に飲んだ取引先。どうやら馴染みの代行タクシーと都合が合わず僕と同じホテルに泊まったらしい。コーヒーを一緒に飲もうという。いや、今日は忙しい旨伝えてもなんだかグジグジというので付き合うことに。チッ。取引先にお邪魔するととにかくコーヒー、お茶がでる。これを素直に飲み続けると疲れてるのもあわせてなんだかわけのわからいハイな状態になる。で、夜になっても腹がへらない。だから喫茶店に行く時はいつもジュースを飲む。オレンジジュースとか、りんごジュースとか。

その後筑紫。昨日行ったところ、だが別の取引先。喫茶店でお昼を食べながら仕事の話。この方は去年とあるとこに癌を患ったが、何とか復活。60にもなればあちこちが悲鳴をあげるみたいだ。それでも現役でハードな仕事をこなす。

その後赤坂へ。女性が社長の画廊へ。もう時間がない。超スピードですませて博多へ。んでまたまた北九州へ。こういうの本当は一度に済ませたいがなかなかそうはいかないし、僕としても実はこのほうが都合がいい。理由はいえません。

無事終わり福岡空港へ。ちょっと揺れたな。JALに乗るとちょっとした緊張感が生まれるのは気のせい、いやJALのせい。

羽田について、よくご存知の方も多いと思うが、カレー屋があるでしょ?たいしておいしくないカレー屋。あそこ見るとどうしても食いたくなる。で、食う。カレーを食う。

電車を乗り継いで家へ。

ブロック・パーティのDVDが家に。それを見る。ニューヨークはブルックリンで行われたこの無料ライブはもう、こういうイベントをやりたい、っていうくらいかっこいい。ちっちゃなステージ、機材設備もたいしたもんじゃない。しかし、The Roots、カニエ、フージーズをはじめ、ツワモノブラック・アーティストたちの演奏は感涙だ。僕が常に身上としている、機材に過度に頼らずグルーヴをつくる、かっこいい演奏をする、彼らはそれが、満足なリハもできなかった状況でガッチリやってみせる。こういうの見るとロックにケツを叩きたくなる。なんか最近ロックナヨッてるしな。線が細いんだよな。

明日は普通に出勤、いやだな、なんか今の会社微妙な空気だな、だったら一人がいいな。

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2007年3月28日 (水)

九州日報参~疲れはたまる

朝起きて、筑紫へ取引先に会いに。駅近くのお好み焼きやで昼食。お好み焼屋だけど頼んだのはロコモコだけどな。いろいろ仕事の話。この取引先の方はもう60過ぎて半分引退。しかも地主なので、最近は地域の活動に忙しいらしい。特に今は選挙。

再び北九州へ。小倉。小倉にはラ・フォーレがあるんですよ皆さん。楽器屋が入っているので、僕はここでよくピックや弦を買う。電車内でもうすぐ読み終わってしまう本を読む。推理ものなので終わりに近づけば近づくほどスピードがあがる。誰だ、誰だ犯人は!!!読書中はずっとカニエ・ウエストを聞いていた。あまりBGMにならない。聴いちゃうから。

トンボ帰りで博多の取引先へ。仕事の話をして、近くの飯屋へ。ここはもう5回位来ているがとてもおいしい「馨」という店です。九州在住の方、是非言ってみてください。FuttongのCDもあります。ここですごくうまい芋焼酎を。ロックでガブガブ。

その後スナックへ。久しぶりに来たとこだ。なんだかすごくたくさん歌った。カラオケ。僕は何を歌っても89点。女の子に「マイクを離しすぎ」と指摘された。でも僕の声はでかいから仕方ない。で、やっぱり飲みすぎた。

その後ホテル近くの屋台でラーメン。こういうの余計だよな。でもおいしかった。そしてこういうラーメン食べると福岡の人がラーメンはおやつというのがわかる。

ホテルに戻ったのは2時。ふう。

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2007年3月27日 (火)

九州日報弐~福岡は地下鉄初乗り200円

朝熊本から福岡へ電車で移動。眠くて眠くて寝る。この移動は長いのでいろいろやりかたったが音楽聴いて寝てただけだった。ジョン・レノンのリマスター版のベストの「I'm Losing You」って今まで聴いていたのとヴォーカルが違う気がするけど気のせい??

博多に着いてそのまま北九州のとある町へ。ここで取引先に会う。北九州はいつも曇りのイメージだ。イギリスの工業地帯みたい。あんなもんが剥き出しになってるのは、自然を見ているみたいに壮観とも言える。しかし九州は自由席でも座れなかったためしがない。

博多に戻って、地下鉄で天神へ。そう、我らがFuttongの「天神町で会いましょう」の天神。好きな街だ。なにしろサイズが丁度いい。ちょっと百貨店が隣接しすぎている感もあるが。取引先へ。途中BookOffで立ち読み。その取引先の方々と食事へ。焼き鳥。今回の九州は焼き鳥づくしだ。すごく人気の焼き鳥屋で予約してから来たが、案の定、待っている人までいるほどの盛況。とってもおいしかった。食事している最中ものすごく目がかゆくなった。ホテルに帰ってみてみると腫れている。ものもらいだ。この店は赤坂にあるのだが、こっから天神までけやき通り~国体通りを歩いて帰る。

風呂入って本読んで寝る。

昨日もそうだけど当たり障りのないことしか書きません。そう、取引先の方が読んでいる可能性があるからです。

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2007年3月26日 (月)

九州日報~九州は美しい女性が多い

一日目。朝、6時に起きる。もうこの時点で僕にはきつい作業だ。飛行機に乗って熊本に11時着。暖かい。気持ちよい。空港から比較的近い菊池の取引先へ。ここは初めて来たの7年前くらいだけど、当時はまわりにマンション、ホテルなんかなくて、衝撃的なくらい見晴らしよかったのに、今はすっかりマンションがあちこちにニョキニョキ生えている。仕事の話して昼食へ。そばを食べた。その後熊本市内へ。ここから熊本市内へは、電車の乗り継ぎが悪いと1時間かかる。何しろ1時間に2本だから。

市内へ。中心街である上通へ。ここ歩いているといつも思う。熊本(つうか九州だねこれはもう)はきれいな女性が多い。びっくりする。その後下通りにある紀伊国屋へ行ってから、次の取引先へ。

で、ホテルにチェックイン。8時終わりの取引先の方を待ってその後夕食。焼き鳥。おいしかった。経営のこととかいろいろ話す。あとは業界の噂話。僕、東京で焼き鳥へ行くことないからわからないんだけど、あの、おかわり自由のキャベツは全国共通??

その後スナックへ。ママは僕のいっこ上だが、今年でスナックを開いて5周年。すごいな。頑張って欲しい。なんつって飲んでたらお客がどんどん増え始めたので、僕等は退去。

その後クラブへ。僕は熊本のクラブ、3件位よく連れて行ってもらうところあるが、どれも同系列の店。が、あまり覚えていない。どうしてか。それは、飲みすぎているから。僕はこういうお店で出される水割りが苦手。だって水なんだもん。だからロックを頼む。知らず知らずどんどん飲んでいるので気がつくと相当酔っ払っている。だからといって僕はセクハラ的なことはしませんよ?あくまで身を削って笑わすといういつもどおりのスタイルだ。

夜中の二時にお開き。水を買ってホテルへ帰宅。バタッと寝る。

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2007年3月15日 (木)

ロンドン日報その④~驚きの結末~

そんなわけでロンドン滞在最終日。今日の夕方に発つ。一応フリーの日。だが、昨日会った画商に郊外でアート・フェアやってるって聞いたので、そこに行くことに。行きかたをホテルの人に聞いてもわかんないみたいだから、タクシーで。大きな公園の中に会場が。オープンまでまだ時間あるので、散歩して茶して。のどかだ。毎日天気でよかった。まわりには犬の散歩する人たち、子供連れの人達。こっちの子供は躾がキチンとされている。ギャーギャーわめくような子供が皆無。日本人はガキに甘いな。電車の中でわめく子供とかもさ、まわりの人達も仕方ないなくらいの気持ちでしょ??違うね、公共の乗り物や場所にいる以上は、たとえ半人前でも人間として扱わないと。親もその位の気持ちでいてもらわないと。

アートフェアはコンテンポラリーが熱い今のイギリスの状況がよく出てる品揃えだった。

まだ、出発まで時間ある。昼はタイ料理屋さん。まだ、時間ある。じゃぁ、行っちゃう?アビーロード?郊外の静かな地区にぽつんとあるアビーロード。行ったところで何の感慨もわかない、ようで結構湧く。

丁度いい時間になり、空港へ。ツアーの卒業旅行生と思いっきりバッティングした。

ここで思わぬハプニング。なんと僕らが乗る飛行機に妹が。そう、妹は今時風に言うと客室乗務員。最近国際線に移ったとは聞いていたが、まさか会うとは。びっくりした。帰りの飛行機はゆっくり寝ようと思ったのに、動揺して眠れなくなった。映画を見る。「ナイト・ミュージアム」。ベン・スティラーやっぱ最高だ。これ、日本でも彼ブレイクしちゃうよ。今までは隠れファン的な人が多かったのに、これで一気に火がつくんでないの?あと、「武士の一分」。つい見ちゃったけど最悪だった。これ藤沢周平が原作?本当にこんな陳腐な物語なの?まったく共感もできないような代物だった。

そんなわけで、特に何もないロンドン滞在でした。

Abbeyroad2

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2007年3月14日 (水)

ロンドン日報③~歴史に学べ~

昨日と同じく、朝早くに起きて、朝飯食う。ホテルにはアメリカンとイタリアンが多い。しかし、アメリカンはヨーロッパどこでも嫌われてるな。せめ日本人だけでも親しくしてあげた方がいいかしら??無理かな?僕はね。

今日も天気いい。普段の行い良すぎ。

この日も昨日同様RITZホテル前で、画商と待ち合わせ。ただし、時間があったので歩いて行くことに。いわゆる画廊のたくさんある、日本で言うと銀座みたいなとこを探索。イギリスはとにかくコンポ。コンテンポラリー。果たして、ちゃんと商売成立するようなマーケットできあがってるのかはわからないけど。ウロウロしていると僕がトイレ行きたくなって、近くの喫茶店へ。エスプレッソ。

その後、THE NATIONAL GALLERY行く。ここはルネッサンス期の絵が割りと充実している。イギリスにしてはだけど。ボッティチェリとか、ピエロ・デ・ラ・フランチェスカとか、フェルメールとか好きな作家の絵も多く展示されていて、楽しい。ミケランジェロ、ダビンチも数点だがある。レンブラントは初期に限る。ピカソやゴッホ、モネもある。ピカソ、ゴッホは言わずもがな。モネの事は実は僕、結構軽視していたが、見直したいと思う。彼の絵で、画家を志す人が多いの、よ~くわかった。ちなみに同僚は、一つも興味ないらしく、頭痛までおこした。そう、ルネッサンス期の絵は、確かに知らないと退屈だ。その気持ちわかる。僕は楽しい。

昼飯。もちろん中華。うまい。量も丁度いい。僕は青島(チンタオ)ビールが大好き。ロンドンの中華街は、小さいけど、うまくまとまっている。

その後、待ち合わせのRITZに行く。画商のセリア(女性)は、ちょっと前に足を骨折して、松葉杖。えぇぇ、大丈夫?そんままタクシーに乗って、彼女お勧めのショコラのおいしいカフェへ。彼女曰く、世界一おいしいショコラを出す店だとか。まぁ濃いここのショコラ。でもきっとこれだったらチョコレートおいしいはずと、チョコ買う。商談もまあまあうまく行く。

んで、その後またフラフラする。お土産的なものを探す。対してない。僕は買い物が好きじゃない。

夜は、最後のロンドンの夜だってのに、なぜか、マック。同僚は相変わらずまぁ眠る眠る。僕はその間、テレビでサッカー見て、本読んで、音楽聴く。そう、読んでた本は、小野不由美です。ロンドンと意外とマッチする。つうか、海外行く時はこういうのが合う。

写真は、そのおいしい?ショコラを飲んだ界隈。すごいいいっしょ?仕事終わりのリーマンがビール飲んでる。

Pub

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2007年3月13日 (火)

ロンドン日報②~Wthat's A Sunny day Sunshine!!

ロンドン二日目。しかしこれまたいい天気。春。そして、時差ボケもあるかもだが、夜9時に寝て、朝7時起き。なんて清清しい朝を迎えられたことか。一緒に行った同僚の性格もあり、夜にパブ行くとかそういうことしない。で、僕も別にそういうの実は興味ない。地元の人と交流とか。だって世界どこだって、酔っ払いは酔っ払い。朝食食べて、出かける。今日は作家とアポ。RITZホテルの前。早めに出たので、近くのバッキンガムへ。僕の思う旅行の醍醐味は①美術館又は教会②公園③中華 だ。バッキンガムはGREEN PARKと称される中にあるので、なんとなく行くと、たくさんの人がバッキンガム周りを囲ってる。人種から推測するにガーナの大統領がいるらしい(王様じゃないよね?)しかし、アフリカ系の方々は派手な格好似合う。絵になる。つくづく彼らは神に選ばれし優秀民族だと思う。白人が嫉妬して(そのポテンシャルに恐れて)奴隷にした気分が‥‥わからなくもない。

その後、テムズ川沿いにあるXOXタワーに昼食に作家と移動。なんだか収穫はあった。作家にFuttongの「Spring E.P.」渡す。アトリエで聴いてくれ。

その後、フラフラテムズ沿いを散歩。そのままホテルへ。夕方6時くらいかな。同僚、時差ボケのせいか眠りまくり。まぁ寝る寝る。僕はその間本を読んで、テレビでクリケットの試合を見る。クリケット。全然ルールがわからない。クリケットを合理化して野球が生まれたのなら、人間は天才だ。

4時間後、同僚目覚める。夕飯を買いに。どこも閉まってる。アラブ系のカレー屋へ。ちょっと高いな、と思ったら高いのではなく、量が多いのだ。3人前くらい。僕は便秘だし、しかも飛行機のあの感じ??身動き取れない、飯だけ運ばれるあの環境。なんか和牛の気分。脂肪たくさん作らされて、殺されて喰われる。だから腹が全然減らない。でもちょっと喰う。

写真はバッキンガムにて。Kotekitai

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2007年3月12日 (月)

ロンドン日報①

ロンドンに行ってきました。仕事です。一応仕事です。朝、成田を出て、ロンドンには夕方4時ごろ着。いい天気だ。ロンドンといえば曇りが相場なのに。Sunny Dayです。ここからどう市内に行ったらいいのか、調べるのも面倒くさいのでタクシー。キャブ。あ、そうそう、今回我々(私ともう1人で行った)は、何の資料も、何の「地球の歩きかた」的なものも持っていかなかった。これには理由があって、どうしてかって言うと、今回泊まるホテルには、日本語もOKだと書いてあったから。だから、いろいろ地図とかガイドみたいなものもあるだろうと思っていたら‥‥

ホテルの人(女の子)「イッラッシャイマシタ、ア-サ-ゴハ、ンワ、ア、サ、6ジカラ、10ジ-マ、デ、デス」

てな具合で、僕らがすごいねぇ、とか言ってると、「やったぁ、通じた~」とか言ってるもんだから、あぁ、そういうことか、とあきらめる。

そのまんま夕食へ。SOHOに行って、中華。やっぱ中華でしょ。僕は、海外で外食する時、大抵中華。安いし、味にブレがないから。量が多い。地下鉄は全世界共通でみんな疲れている。

しかし、NYと比べると、肌合うわ、ヨーロッパ。

写真はホテルからの夜景。

Nightview

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2007年1月 6日 (土)

伊東に行くなら?

かぜっぴきの体を持ち上げて行ってきました。伊東へ。旅行です。僕はこういった観光場所後決め、ただうまい飯食って酒飲んで風呂入って‥みたいな旅行、大好きです。ヒマをもてあます感じ、タマラナイ。

しかし伊東とかあとは熱海とかこういう温泉街、なんかエロい空気がする。しかもなんつうのエロさびしいつうの?歩いていると、以下僕の勝手なイメージだけど現役ストリッパーとして活躍中のリンダさん(本名:イトさん、70歳)がタイトに上下皮でキメながら歩いていたりしてさ。すれ違い様の目のあわせ方とか、素人じゃないもんな。サビレたストリップ小屋必ずあるでしょ。廃旅館とかホテルもある意味ものすごくエロティックでしょ?渦巻いてるよ。

あと、海辺に建っているハトヤ?あれもエロいよ。CMで魚抱いているあの子供、やっぱエロい。魚の振動でグラングラン体が動いているとことか。あのCM事態エロい。あのカラーなのにセピアな感じとか。

いや、それだけ言いたかったんです。

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2006年12月 6日 (水)

はるばる来たぜ

はぁ~るばる~来たぜ~と来ると「函館♪~」となってしまうのが、小市民の悲しい性である。んなわけで、火~水にかけて旭川、札幌、仙台と行ってきた。仕事の引継ぎのためである。このブログにはよく仕事で九州行ったっていうこと書くが、実は僕は北海道も仙台も担当していたのである。ただ、北の方はあまり活発な動きがないためほとんど行かない。取引先も少なく、北海道、仙台と普段は個別に行くのだが日帰りでなければならないのでツライ。必死に移動して終わり。ちっとも楽しくない。

12月の昼前の旭川はすごい。特に何もない空港周りは真っ白。もうどこ見ても。真っ白というか白と黒とその中間のたくさんの色しかない。モノクロ映画に入った気分。ジム・ジャームッシュの映画の中に入った気分である。

今回の出張も学生時代からの友達である、前田君と飲んだ位であとは特に話すこともない。あ、ひとつおもしろかったのが、大雪の旭川で取引先の人と喫茶店から帰る途中、僕らが「今気温って何度位ですかね?」って聞いたら、「ん?あぁ、8度位じゃない?」だって、ぐはは。ねえよ8度なんて。空見ろよ、まわり見ろよ、雪だらけじゃんかよ!。ギリギリマイナスじゃない位じゃんか!すげえな、北海道民。そりゃ女子高生ミニスカートで素足なわけだ。あとおかしかったのが旭川→札幌へ電車で移動中の時。一緒に行った森脇君(From Notte De Pot)が缶コーヒー買って来るって言ってどっかの車両に買いに行ったんだ。したら微妙な顔して二本買って来た。どうしたのかと思ったら「『つめた~い』しかなかった‥‥」ぬははは!。どんだけ冷たいの好きなんだよ、北海道民!

僕どうも北海道民って苦手とは言わないけどよくわからない。なんていうか、とらえどころがないというか。同じ人間だけど北と南、明らかに人間性違いませんか?ふとフランスにいた頃を思い返してみると、僕はむしろ北の国々の人の方が圧倒的に友達が多かった。北と言っても北欧。ロシアとかあっち行っちゃうとわけわかんない。ホント変わった人が多かった。なんつうか笑えないストレンジさ。

ラテンの人たち(スペイン、イタリア、ポルトガル、フランス)は実は知り合ったばかり位だと結構慎重に相手を見ることが多い。それが特に僕らのようなわけわかんないアジアの国から来たとなると尚更だ。しかし、いったん仲良くなると日本人にはきつい位距離を縮めてくる。で、とにかく一日中一緒にいる。毎日電話かかってくる。陽気だけど実は保守的な国民性がよく表れていると思う。僕は正直言ってラテンの人と始終一緒にいるのはつらかったな。あとはアラブ系の人たち。自分の生活に宗教(イスラム)が色濃く反映されている人たちってのはやっぱ日本人は合わない。日本人がそうじゃないから慣れないんだ。

だから北海道民ももっと時間をかければわかるのだろうか?それともロシアの人みたくやっぱわかんないのだろうか?

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2006年11月 2日 (木)

佐賀のニュース

こういう事書くと、バカにしやがってとか言われそうだがそういう意味ではなく、ビックリしたので書くんだけど、先週九州出張してた時生まれて初めて佐賀に行ったときの話。目的地は吉野ヶ里公園という駅から歩いて30分位のとこだったので、時間のなかった僕はタクシーに乗った。タクシーの中はラジオがかかっていてそれとなく聞いていると、佐賀の少年鑑別所にて、そこの監督者の仕事を見学するセミナーを行うので興味のある方はどうぞみたいなこと言っていた。驚いた。いや、是非行ってみたいよ。

佐賀での滞在時間は一時間足らずで、僕が見たのはスーパーの前で煙草を吸っている高校生、それと禁煙なのに思いっきり煙草吸って車掌さんに怒られるジジイ。ジジイものすごくすまなそうにしていた。で、乗り換え駅(鳥栖)に降りて、僕の乗る電車は~ときょろきょろしてると、そのジジイ近づいてきて教えてくれた。もちろん間違っていた。頼むよジジイイ、1時間に2本しかない電車なんだから。

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2006年9月22日 (金)

草臥れ九州

火~九州へ恒例の九州行脚の旅。いつも疲れるが今回は肝臓と首と喉が疲れた。

肝臓‥今回は毎晩飲んだ。初日の朝4時まで飲みがきいた。内容?内容なんて全然ないよ。スナックなんかでさ、久保田利伸とかさ、ミスチルとか歌ったりしてさ、若い女の子がさ、携帯の話とかで盛り上がったりしてさ、全然おもしろくない。こういうのを時間の無駄遣いって言うんだな。よく、会話が大事とかコミュニケーションは重要とか言うけど、この年になると(年は関係ないが、僕の場合年をとってからこうなった)、もう僕の興味を惹く、要はお話したいと本気で思う人なんてもうほんの一握りだ。でもそんなもんだろうと思う。退屈のオンパレード。あとね、逆に気を遣う。

首‥出張前に軽井沢に行って、移動中変な体勢でずっと寝てて、出張の時も移動中やはり変な体勢でずっと寝てたせいで、首がもう痛くて痛くて。肝臓の件で書いたように確かにどんなに退屈だろうが最後まで付き合うんだけど、三日目の夜はもう耐えられなくて途中で酔っ払ってもいないのに何話したか何も覚えていない。唯一覚えているのが、そんな痛い中

「ああ、そういえば、5年くらい前ニューヨーク行った帰りの飛行機で同じように首が痛くなって回らなくなって、生まれて初めて針行って、気持ちよかったなあ」

って思ってたってことだけ。酒もまずいまずい。

喉‥喉はもうその一日目のスナックのせいだ。そこでバーテンで働いてる兄ちゃん、歌がうまいことを自負していて、しかも自分は声高いと。で、その店に僕が来る度に待ってましたぁとばかりにキーの高い歌ばかりをカラオケで一緒に歌うことになるのだ。「いぃつぅのぉ日ぃもこぉのぉ胸にぃ、流ぁがぁれぇてぇるぅメェロォディ~♪」あと、僕は酒を飲んで喋るとすぐに喉がやられるので、ライブ前の打ち上げで寡黙だったとしてもいちいち絡むなよ貝田。

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2006年9月18日 (月)

軽井沢

土~月で軽井沢へ行きました。軽井沢は寒かったです。そしてとてもたくさん人がいました。たくさんお土産屋さんがありました。犬がたくさんいました。世の中にはたくさん犬を飼っている人がいるんだなと思いました。

僕の旅行の醍醐味は、どれだけ寝てお風呂入って食事して飲んで、緑のたくさんあるところを散歩するかですがそれができてよかったです。

明日から金曜まで九州へ行ってきます。九州は台風は大丈夫でしょうか?

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2006年8月26日 (土)

Back From Kyushu

火~金で毎月恒例の九州まで行ってきた。いつもの通り。今回は初っ端から何故か体調が悪かった。特に喉が痛くて今も治らないから、今日医者に行ったらリンパ腺がパンパンに腫れているそうだ。明日ライブっだっつうのに。仕方ないか。でも僕は九州に行くと夜の店ですごく歌わせられるので、しかも酒飲んでるしそりゃ良くならない。

そんなことはさておいて、九州の盟友しゅうくさんに会わなきゃと、当日に電話して、一緒に飲んだ。しゅうくさんの日記にもこのときの模様が書かれています→コチラ。しゅうくさんと九州で会うのは二回目、東京も含めて4回位。実は浅い仲だ。んで、しゅうくさんは必ず誰かを連れてきてくれる。今回は前回も飲んだまっつんと、そして新しくヤマさんがメンバーに加わる。この二人はなんと二十歳の女の子。こういうシチュエーションは全くない僕は、テンポが崩れる。若い女の子を前にテンポを崩すのはオヤジの証である。

ただ!!!テンポ崩れるものの、飲み会はとても楽しく、ゲラまくりだった。でも、何を話したんだろう。内容はなかったのでしょうか?

しかし、まっつんよヤマさんはしっかりしていたなあ。いや、二人ともどっちかって言うと天然っぽい、というかホンワーとしてるんだけど。というか、二人とも働いているからだと思うが。僕は、割と若者は苦手で、かといってオヤジも苦手で自分と少なくともプラスマイナス10歳位の人とつきあっていければいいと思っている。特に若い学生は本当に苦手だ。若い学生ってのは大学生ね。チャラついてる大学生。高校生とかは仕方ない。若いから。しかしあの大学生って生き物?だって馬鹿ばっかなんだもん。自分もああだったと思うと余計嫌になる。

そしてしゅうくさんは、しゅうくさんはしゅうくさん。しゅうくさんみたいな人ってたくさんいるんですか?いるんだったら友達になって下さい。

明日はライブです。来ない人はぶっ殺しますから。

ま、そんなこんなで楽しい楽しい飲み会だった。これは続くのか。続きます。

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2006年6月16日 (金)

火曜日から金曜日まで

ちょっと冬ソナ風の始まりにしてみました。そんなわけで、火~金まで仕事で九州でした。全然つまらないと思いますが、一生懸命九州での出来事を書きます。

6/13(火)福岡

正午に福岡空港。そのまま赤坂へ。ここにある取引先は姉妹二人でやっていて、(二人とも60越)いつも昼食をごちそうになる。お父さんは船乗り、旦那とは早くに離婚、去年義理の息子さんを病気で亡くし‥と波乱万丈な人生を送っている。仕事は割りと凄腕。お姉さんと仕事を共にしているのもわけがあるがそれは言わないでおく。仕事の話と世間話をする。ここで昼飯食ったんだけど(寿司)この後気持ち悪くなってゲボッてしまった。寿司いたんでたんじゃないの?その後黒崎へ。黒埼とは北九州である。僕どうも北九州苦手である。人がじゃないよ?工業地帯な感じといつもどんよりしているようなそんな気が。あとザーヤクのイメージも‥。博多に戻りこの日最後の取引先へ。ここに行く途中にしゅうくさんの職場を通るんだけど、その日はいなかった‥。で、着いて、仕事の話して、その後ここの部長と食事へ。いつもの小料理系居酒屋。焼酎グビグビ呑んで場所移動。中州へ。クラブへ行く。まゆという店。何回か来ている。クラブってのはある程度セクハラと自分自慢をする勇気がないと楽しめない。僕の横に座った何人目かの女性がもうガッツリ胸開けちゃってさ。ママとかまわりの人たちが「触れ触れ!」みたいに言われるんだけど‥。つうかママが言ううなよな!そしたら僕の左隣にいたチーママが僕の手を自分の胸にさしこむ。高笑い。そんな感じ。そこでひとしきり騒いで次の店へ。スナック。カラオケをするため。ひとしきり騒いで帰宅。3時前。やった!ブラジル戦見れる!と思ったのに寝てしまった。

6/14(水)福岡二日目

キャナルシティへ。ここに取引先が。キャナルシティってのはでっかいショッピング街。東京にたとえるとナンだろう。その後小倉へ。小倉とは北九州。ここの取引先も女性社長。この業界女性社長多いな。で福岡市内戻って天神へ。ここの取引先も女性社長。この日の夜はここの社長と社員と食事へ。社長の知り合いが最近オープンしたbarへ。この社長はおしゃれでリーズナブルな店をよく知っているので、僕福岡なら女の子とデートとかしたらいろんな店に連れて行けるわオホホホホ。何の話したっけな。あ、うちの社長の武勇伝を話したんだ。大うけ。うちの社長は生ける伝説です。この日は12時頃帰れたので、ホテルでゆっくり。本とか読んで寝る。

6/15(木)福岡~熊本

まず久留米へ。ここで取引先のおっちゃんと会う。昼ご飯。中華。戻って天神の画廊のおっちゃんと話する。いっつも九州来る度に思うが、女性がきれいだな。そして熊本へ。夜着いて取引先のおっちゃんと食事。何回も行っているバーへ。九州の方々は僕みたいな若造取引先でも素敵なおもてなしをしてくれて、当初はごっついご馳走の店とか連れて行ってくれたのだが、やがて僕があまり食べないことと、お酒は割りと積極的な呑む人間ということがわかると、食事はそこそこ、すぐ次の店へ行く。スナック。カラオケ。12時ごろホテルへ。やった、W杯見れる!風呂に入ってさあ見るか。夜中の1時。電話が。最初シカト。もう1回電話。福岡の取引先。

「大久保、お前今どこにいるっちゃ?」

「え、ホテルっすよ、熊本の」

「今から出てこようか?」

えええ?福岡の業者(火曜日一緒に呑んだ人)が仕事で熊本へ来ていた。スナック。客僕らだけ。お姉さま方5人もいる。歌って騒いで夜中4時。

もういいっか、金曜は。書いてるだけで疲れた。しかもおもしろくない。書いても読んでもおもしろくない文なんてこの世から消えてしまえ。

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2006年6月 1日 (木)

フランス珍道中その2の蛇足

そうそう、今思い出したんだけど、僕とガビが二人で暮らしていると、ある日アフリカ人の女の子がやってきた。聞くところによると、彼女は以前にガビ宅に下宿していたことがあり、今は祖国に戻っているが、毎年夏の時期にバカンスにフランスにやってきてガビ宅に宿泊するというのだ。宿泊と言っても二ヶ月近くいたが。

やべ、彼女の名前忘れた‥‥。まあいいや、彼女は僕とおない年、でも驚くなかれ、身長190cm!僕の胸位のところまで足があるよ!とても同じ星の人間とは思えない。あと、これはラテン系~そこより南の位置に住んでいる人全般に言えることなんだけど、初対面はものすごく相手を警戒する。んで、気心が知れるとありえない位自分を解放する。これは日本人と全く逆。日本人は(フランスにおいては日本人言うとほとんど女の子のことをさす。フランスに留学するような奇特な男は数少ないから)初対面はニコニコする。するとフランス男子は誤解する。

「あ、この子と付き合えるかも、つうか僕のこと気に入ってる?」

となる。だからフランス男子はアプローチする。したとたんに日本女子はつれない態度をとり、顔から笑顔が消える。この感じ、日本人の男である僕にはよおくわかるんだけど、彼らから相談を受け、何でなんだ?で聞かれると説明するの難しい。

話はとんだが、そのフロム・アフリカの彼女は数週間経って僕とも仲良くなった途端に気が緩みだす。そう、自慢じゃないが、フランス住んで半年位経つと、僕はおもしろいことをフランス語で言えるようになってきていた。皆さんご存知の通り、僕はおもしろい事を言うのに多少長けているので、向こうでもわりと笑いをとれた、ぬはははは!!笑いは世界共通。まあ、そんな話はいいんだけど、だってさ、彼女ほぼ裸の格好で家うろつくんだよ?身長190cm足ちょ長、そこらのモデルよりすげんだよ?もうクラクラするさ。

でも彼女はとってもまじめ。今は国の貧しい子供達を救うための団体で働いている。自分の国の貧しさを憂いつつ、夢も大きい。正直、こういう人たちは精神的にも肉体的も相当タフだ。

まあそんなこんなで、僕がアフリカ系の人類を崇拝するのはそういうことだからだ。

今日の1曲 pigria ライブでやった最後の曲←痺れます

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2006年5月31日 (水)

フランス珍道中その2

はい、これシリーズ化されているので、月いちで書きます。前回は確かフランスに着いてすぐに僕の身に降りかかったおもしろ事件でした。今回は僕の下宿先のマダムの話をします。

僕はフランスはモンペリエという町に1年住んでいた。前回のブログに書いたように、いろいろあってやっと見つけた住居、そこは中心街から離れたセルヌーヴという地区。そこにある団地に住むガブリエル(通称ガビ、女性、60歳)の家に下宿させてもらうことになる。ガビはドイツ人。35年前に(といってもこれは10年前の話だから今から換算すると45年前になる)パリに来て、結婚。子供二人産んだ後すぐに離婚。子供達はガビが引き取る。んで、二人とも大人になって自分の住むアパートの部屋が2つ空いたから学生に貸しているのだ。

とにかく家は汚い。必要最低限しか掃除していない。ガビはウルトラ・ヘヴィ・スモーカーなので、家のあちらこちらに灰皿があってどれもいっぱい。彼女にとっては植木鉢も灰皿らしく家にある大抵の植物の土には煙草が突き刺さっている。家の間取りは、ドアを開けて玄関に入るととすぐ右手にキッチン、壁を挟んで広いリビング、すぐ隣がガビのベッド・ルームと続いている。左手はトイレとバス・ルーム。廊下を行くと二部屋ある。僕は一番奥の部屋。隣の部屋にはまじめで気さくなドイツ人、パトリックが住んでいる。

ガビはあるポイントさえ押さえておけばものすごく寛容なマダム。僕が夜中に帰って来ようが、何日も家に帰らなかろうが何も言わない。どんなに僕が部屋を掃除しなくても何も言わない。そりゃそうだ、家が汚いもん。パトリックが週に1回は掃除機をかけるに対して僕は二ヶ月に一度。

しかし、朝早い電話にはブチ切れる。それと僕の部屋の植物に水をあげないとぶち切れる。自分は煙草刺してるくせに‥。

最初の頃僕はご飯を作るとそのキッチンで食事していたのだが、パトリックが半年経って故郷のドイツに帰って二人暮しになってからは食事をつくるとリビングに行き、ガビと一緒にテレビを見ながらご飯を食べ、いろいろ話したりして、ガビが眠くなったら僕も部屋に戻るという生活リズムになった。

印象に残ってる出来事は‥‥

ある日、ガビの友達(女性40歳位、2週間に一回位の割合で遊びに来る)とその子供二人が来ていた。その時僕は友達から電話がかかって来ていて彼らのいるリビングで僕も話をしていた(電話はリビングにある。だから朝早く電話が鳴るとガビの耳をつんざき、そしてぶち切れるのだ)。子供二人はじゃれあいながら遊んでいる。その時片っぽがもう一人の方を強く押した。バランスを崩したその子はすぐ横にある食器棚に激しくぶつかった。その食器棚は真ん中の板部分を伸ばすとテーブルに早代わりする代物。子供がぶつかって振動でそのテーブルが勢いよく開いた。

「ガラガラガッシャーン!!」

食器棚に入っているガラスものがものすごい音を立てて粉砕。ガビの友達は怒鳴り散らしながら子供の尻をたたいている。子供は号泣。ガビは唖然としてるのとあきらめたの間の微妙な表情でだまりこくっている。みんなで床に散らばったガラスの破片を拾うこと小一時間。全て片付いて家族は帰り、僕とガビで一息ついていると、ガビが一言

「あれが私の子供だったら殺しているわ‥」

二つ目。ガビ宅に下宿してから8ヶ月たったある日。僕は友達宅で一夜を過ごし、夜遅くに帰ってみるとなにやらメモが。ガビの義理の娘からだ。ちなみにこの義理の娘ってのは僕とおない年だったが、身長180cmくらいでモデルみたいな人だった。

「キンヤへ。ガビがベランダで転んで足を骨折。○○病院に入院してます。」

翌日お見舞いに行くとガビは

「あらキンヤ、来てくれたのね。孫とベランダで遊んでいたら転んじゃったわよ、はははは」

とか言って明るく振舞っていたが、この骨折はだいぶあとをひいた。結局僕が住んでいる残り4ヶ月の間再手術したりなんだり。買い物もできないガビは僕が週に1回、彼女の代わりにスーパーへ買い物したりしていた。

もう一つびっくりしたことがあった。ガビは真夏であろうと真冬であろうと(南フランスとは言え冬はすごく寒い。特に僕がいた年の冬は大寒波で雪も降った)リビングの窓を開けて、自分は裸同然の格好で、おまけにかけるものはタオルケット一枚。ある寒い冬の真夜中、夜遊びして家に帰ってきた時にそれを発見。翌日ガビに聞いてみると

「それが普通なのよ、キンヤ。私前から思ってたけどあなた寝るとき毛布2枚かけて寝てるでしょ、窓も開けないでさ。病気になるよ!」

こ、こっちのセリフだろうがよ。しかもガビが言うにはドイツは真冬零下15~20度になるのに、ドイツ中の家は窓を開け、タオルケット1枚で寝るのだそうだ。絶対に嘘だ、と僕は思っている。

今日の1曲 The Pixies 「Debaser」

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2006年5月 1日 (月)

ハジメテノヤマグチ

昨日、仕事で山口の徳山市という町に行ってきた。

飛行機で行くのも中途半端なので、新幹線で行った。たった4時間‥‥。

朝の7時に新幹線に乗ったので、超眠かった僕は乗った途端に睡眠状態に。

でもね、さすがに4時間も乗っているとお尻が痛いの痛くないのって。目覚めた。

昼前に着き、駅前で作家と合流。昼飯でも食うかっつって周りを見渡すと、日曜のもうすぐお昼時って頃なのに、人がいない。全然いない。食事できるらしき店もない。あ、マックがあった(関西はマクド?)。商店街アーケードらしきものがあるので、行ってみるとほとんどの店が閉まっている。え?日曜は商売ガッチリやるんじゃないの?もしかしてキリスト教の街?安息日?とか思っちゃうほど。

辛うじて開いていた土産屋に行って

「すいません、ご飯食べるとこありませんか?」

って聞いたら

「え!食事するとこですか?‥」

ちょ、ちょっと!「え!」じぇねえよ。こっちが「え?」だよ。食事するとこ聞いただけでこんなに驚かれたの初めてだよ。新幹線も止まるじゃん、徳山。

しばらしく考え込んでいたお店の人は、そういえば、ちょっと歩くと地下食堂街があると言う。ね?そりゃあるでしょう?ホッとしたさ。

で、言われた通りに行ってみると‥‥

その地下食堂街という名のその「街」はインド人の本格的インド料理屋さんと、うどん屋さんと‥‥

え、もう終わり!?し、食堂街かあ。

でもね、あとでよく調べてみるとあるんだよ、食事するところいろいろ。大体海も近いし、魚だっておいしいはず。要は街の人達、自分の街に興味がないんだよな。

仕事いろいろして、飯食って、9時前。作家さんとちょっと茶でもしようかっていうことになり、茶できる場所をホテルの人に聞くと、ホテル内のレストランはもう閉まっているという。

じゃあ、どっか近くにそういうとこありますか?ファミレスでもいいし、って聞いてみると

いやあ、もうこんな時間ですので‥‥、あ、でもすぐそこにセブン・イレブンが」

ま、まさかセブン・イレブン勧められるとは‥‥。

別に僕は田舎がどうとか言ってるわけじゃないんだ。

ただ、自分達の住む町に無関心ってのは寂しい。無関心っていうかあきらめているというか。そして僕はその気持ちが何となくわかる。何を隠そう僕もそういう人間なのだ。自分の住む国、自分の住む街に無関心であるというのはやっぱ問題だな。

タクシーの運転手さんにも聞いたんだけど、ここに住む若者は、買い物に行くとなると広島又は博多に行くと言う。なので週末は閑散としてしまうらしい。更に観光名所や名産も特にないから、旅行者も少ないとのこと。

本当にないのか?絶対あるだろ。

もう二度と行くことはないかもしれないけど

がんばれ徳山!!

と無責任にも心の中で叫びながら帰りの新幹線に乗った。

最近の1冊 デニス・レヘイン  「闇よ、我が手を取りたまえ」

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2006年4月17日 (月)

フランス珍道中その1

今日は長くなります。

事ある毎に僕はここで、自分がフランスに留学していたことを書いている。それ程僕の人生に大きな影響をおよぼしているということだ。ただ、じゃあ僕がフランスの文化や芸術にすっごく興味をもって行ったのかっていうと、そぉんなわけではない。これが40年前だったらそうはいかない。よほど確固たる動機、目的がなければ海を渡ってはるかヨーロッパなんて行けない。ところが今や、ちょっとした行動力さえあれば行けちゃうんだもん。これにはもちろん賛否両論あると思うけど、とにかく僕にはとてもいい作用をもたらしてくれた。何しろ楽しかったから。

さてさて、僕がフランスに降り立ったのは今からおよそ10年前。とにかく住むとこ見つけなきゃ、ってわけで学生対象の不動産屋さんみたいなとこ行って部屋を探した。部屋といっても僕はホームステイのようなとこを探していた。フランス語を一日でも早く身につけるため、現地の人が身近にいる環境で生活をしたかったんだ。

‥‥全然見つからない。一般常識として、留学生は来る前に住居は決めるものなのだ。例えば日本人なら日本でそういうサービスしてくれるところで、自分の希望を伝えて、それに適合する住まいを予め決めてから旅たつのだ。そりゃそうだろう。だって家がないって超心配だもん。でも僕は、海を越え、飛行機で12時間もかかるような場所なのに、自分の目で見もしないで住居を決めるとかできなかった。だってやじゃん、全然聞いてたのと違ったりしたら。で、実際そういうめにあった人もけっこういて、苦労してたもん。

でもそんな僕の考えは裏目に出て、どこもいっぱい。不動産屋さんには

「あなた、遅すぎますよ」

とか言われてますます不安を募らす。

1週間経っても決まらず、くらぁぁい気持ちでマックにて一人夕飯。‥ん?さっきから隣のフランス人が俺のことチラチラ見てやがる。何だよ、そんなにアジア人が珍しいのかよ。ちょっとやさぐれた感じになっていた僕は、そんな気持ちでハンバーガーをパクついていた。

5分後。そのフランス人が俺の隣の席に来た。そして僕に

「あなたは日本人ですか?」

僕「そうですけど」

フランス人「僕の奥さんは日本人なんです」

僕「(うさんくさいな、スリかな?それともホモかな?)ああ、そうですか(疑)」

そのフランス人は、ポケットから小さなアルバムを取り出し、自分の奥さんと子供の写真を僕に見せた。あ、ほんとに奥さん日本人なんだ?そのフランス人は名前をパトリックと言い、モンペリエのオーケストラのオーボエ奏者。奥さんとはパリの音楽大学で知りあい(その奥さんはピアノを専攻していた)、そのまま恋に落ちて結婚と言う訳。

そして、聞くところによると今日第二子が誕生!うれしくって祝いたかったが、奥さんは日本で出産したため、パトリックは一人っきり。さびしく夕食をマックで食べていたとのこと。

パトリック「僕は今日とっても嬉しいんだ。もしよければ今から家に来て二人でお祝いをしないか?」

僕は、そういうことなら全然OKってことで二人でパトリック邸へ。とても閑静な住宅街にある彼の家は、2階建てのこぎれいな家。お邪魔した途端いそいそとCDプレイヤーのとこ行くから、何だ?と思ったらドリカムを流した‥。んん、気持ちは嬉しいけど僕はそんなにドリカム好きじゃないよ、まあそんな事は言えない。

二人ワインを飲みながら、僕は自分の状況をたどたどしく説明。家も決まらずホテル住まい。ホテル代もバカになんない、みたいな事を話していたら

パトリック「それなら、僕の妻と子供が帰ってくるまでまだ一ヶ月くらいかかるから、住まいが決まるまで、ここに泊まっていいよ。」

もう神からのお告げかと思ったね。不安で不安でたまらなかった僕に一筋の光が見えたよ。いや、確かに見えた。

その日は二人おおいに盛り上がってワイワイ騒いだってわけ。

翌日、ホテルをチェック・アウトした僕は荷物を抱えてパトリック邸へ。着いて早速パトリックが僕に意味深な表情で

パトリック「実はキンヤにお願いがある。妻の親からFAXがあって、子供が生まれたって事だけは知ることができたんだが、その後、病院に電話しても僕が日本語しゃべれないからどうしても途中で切られてしまうんだ。キンヤ、悪いんだけど、代わりに病院に電話してくれないか?」

そんなのお安い御用ですよ、パトリック。すぐに電話、奥さんを呼び出して、パトリックにパス。パトリック、嬉しそうに子供は元気か、奥さんは元気かっつって話してる。で、その後僕の話にもなってたみたいだ。僕についても説明、家が見つかるまでここに泊めてあげることにしたと伝えていたのはなんとか解せた。

その後、いやああ、良かったねえ、なんて話しながらお茶してると、電話の鳴る音が。パトリックが電話に出て、そのあと、僕に代わってくれという。奥さんのお母さんからの電話だ。

僕「あの、初めまして、私大久保欽哉と言います。昨日パトリックと会って、いろいろ話をしまして、僕の住まいが見つかるまでこちらにお邪魔することになりまして‥‥」

奥さんのお母さん「‥‥あんた、今すぐその家から出てってくれませんか?」

注:関西弁です

僕「え?」

奥さんのお母さん「あのなあ、いくら私の娘があなたと同じ日本人だって言っても、アカの他人やんか。あんたもちょっとずうずうしいんちゃうの?うちの娘かて、そんな知らん日本人が家にいる思ったら心配で乳も出えへんわ、今すぐ出てってもらえません?」

僕、しばし絶句‥。

僕「‥‥す、すいませんでした。僕もついパトリックの言うことに甘えてしまいまして‥」

奥さんのお母さん「パトリックはフランス人やから、すぐそういうことしてしまうんや。まったくフランス人は困ったもんやで」

その間パトリックは心配そうに僕の隣で聞いている。電話を切り

パトリック「どうした、何て言われた?」

僕「出てってくれって‥」

たどたどしいフランス語で一部始終を話すと、パトリック激怒り。

パトリック「お母さんは自分の娘が僕と結婚するのをずっと反対してるんだ!僕がすること全部気に入らなくていつだって文句を言う!‥でもキンヤごめん、出てってくれる?」

ナンじゃそりゃ、ああ、出て行きますよ。それにしても何でフランスに来てまで日本人にこんなめに遭うわけ?

その後、彼とは何度か食事したり、自分の所属するオーケストラのコンサートに招待してくれたりと、お世話になったが、僕はこう見えて根に持つタイプ。しばらくして、無事見つかった下宿先に僕宛の電話が。出てみるとそれはパトリックの奥さん。

「うちの母が無礼な事言って大変申し訳ありませんでした。無事こちらに戻りまして、日本食もたくさん持って帰って来ましたので、是非遊びに来てください」

僕は丁重にお断りをした。いや、その奥さんに恨みはないよ?でもさあ、あの時、そう、僕が病院に電話して奥さんに取り次いだ時よ、それを何でわざわざお母さんに報告するわけ?あの家はパトリックと奥さんの家だろう?二人で買った家だろう?誰を泊めようとパトリックの勝手じゃん。いや、もしそれを奥さんが嫌だって言うならいいよ?まあショックはショックだけど。それに、自分のお母さんは事あるごとに二人の結婚に文句があるのわかってんだったら、お母さんが「はい、待ってましたあ!」って飛びつくような話をわざわざするか?まあ、そんな事考えずにお母さんについ話したのかもしれないんだけど、だったら尚更だよ。またこういうめに遭う可能性があるわけじゃん。これ以上いやあああな思いをするのはごめんこうむるよ。

それから二度とパトリック家に行くこともなかった。あれから10年。あの時生まれた子供ももう10歳だよ。別に何の感慨もないけどな。

今日の1曲  Tom Waits  「Innocent When You Dream」

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