アンタッチャブル山崎とブラックマヨネーズ小杉
この二人が素晴らしいのは、
1.お笑い界に蔓延していた「ダウンタウン病」にかかっていないこと、かつてかかっていたとしても、克服したことである。ダウンタウン以降、若手お笑いの漫才のネタ、佇まいが一変した。客には媚びない、若干ふてくされキャラ、何かありそうな雰囲気を漂わす。このタメによって笑いは若干膨らむ。ただこれは、ダウンタウンだからよかったのである。オリジネーターだし、あの二人は文句なしにおもしろかったもん。それにダウンタウンは劇場での経験も僕らが思っている以上に積んでいるのである。あの二人の声量がそれを物語っている。山崎と小杉にはダウンタウンの陰がちらついていない。彼らはカリスマ性を無理に醸し出す必要はないわけ。言って見れば実力行使。
2.ルックスが良くなく、必要以上に下積みを経験していること。
同じ業界からはおもしろいと噂されながら、わかりやすい一発ギャグがあるわけでもなく若い子をキャーキャー言わせるようなルックスも持ち合わせていないので、売れるまで、売れていると世間が認識できる位まで、時間がかかっている。そのお陰か、経験を積んだことによる莫大な数の引き出しのお陰で、どんな番組も、どんな相手にも対応できるし、最終的には自分の色バンバン出して勝つ。これは本当に痛快だ。ケツあごでハゲでデブのくせに。
3.あくまでお茶の間感。
お笑いという地位を上げるのには、お笑いを「文化」と言われる実体が曖昧なものに寄せて行くという方法がある。映画を作る、本を書く、露出を最小限に抑え劇場や舞台だけに自分達の笑いを見せる場を制限する。これはその本人達に実力があるのならば、多いに効果を発揮する。ただしこのふたりそういうこと考えていないだろう。僕が思うにザキヤマと小杉、彼らには(恐らく)最終的なヴィジョンがないと思う。現場でひとつでも多く笑いを取るということのために生きている。自分達を出し惜しまない。ヨゴレだってやる。だから世間から下に見られがち。でも別にいいじゃん。おもしろいから。彼らは僕らが思うより遥かに強かであると思う。
残念だけど、これからは過去におけるドリフターズとかたけしとかさんまとかダウンタウンとか、そういう一世風靡するようなスターは出てこないし、番組も登場しないだろう。これは実力プラス、いい時代と共にキャリアを積み上げることができたのが大きいと思う。ヒット曲だってそうだけど、これはもうアクシデントみたいなもので、例えばポール・マッカートニーがビートルズ解散の後、その当時より優れた曲を書いていないのではと聞かれたら、山ほど書いているぞと僕は答える。
でも僕だって、もしポールのコンサートに行ったらビートルズの曲超たくさん聴きたい。結局そういうことだ。
だけど、そんなことに腐らず、気を取られず、日々腹を抱えてしまうような笑いを僕らに届けてくれる山崎、小杉は、ノーベル平和賞ものでしょ。
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